2023.01.27 林会長のお便り

祐介先生、牟田さんこんばんは。

 今年最大の寒波大変でした。被害を受けられた皆様には心からお見舞申し上げます。この寒波これで終りではなくてまだまだ続きそうです。気をつけて下さい。

 今夜はとっても印象深い高齢者の話をさせてもらいます。小諸市にある高齢者施設の職員から、「入所者が上の歯が出っ歯のようで気にしてるから診て欲しい」と訪問診療の依頼がありました。正月も明けた113日のことです。当院は訪問診療の依頼があったらその日の内に行くことにしています。高齢者は元気だと思っていてもアッという間に星の国に旅立ってしまうからです。

早速行くと、97才になる元気なおじいちゃんで受け応えもしっかりしていました。主訴は「出っ歯のようで気になる。入れ歯が落ちやすい」となかなかおしゃれな人でした。確かに出っ歯でどう見てもかっこうの良くない入れ歯でした。上の顎には自分の歯は一本もなく、吸い付きの悪い入れ歯でした。入れ歯の粘膜面を一層削って粘膜調整剤で治しました。吸い付きが良くなったところで前歯の出っ張りを治すと、吸い付きもよくなって咬んでも落ちなくなりとてもうれしそうでした。そこで新しい入れ歯のための印象(型どり)をして、その日の治療は終えました。

1172回目です。この日も疲れたそぶりも見せないで楽しそうにしてくれました。この日は咬み合わせをとりました。前回診療した入れ歯も好調で食事もしっかりとれているとのことでした。

123日思わぬ連絡です。患者さんが急変して数日の命だと告げられたと言うのです。製作中の入れ歯はどうするか家族に連絡すると「作ってもらいたい」と言われました。この時この新しい入れ歯を作っても使ってもらえるかどうかわかりませんでした。

124日三回目です。前日に急変したという連絡をもらったものですから、本来なら試適を予定していましたが急遽完成させて昼頃施設に向いました。

 訪問してみると点滴をしていて意識ももうろうとしていました。娘さんと息子さんが見ている前で新しい入れ歯を口に入れると、娘さんが「いい顔だね」と声をかけました。それまでもうろうとしていた高齢者が「ニコッ」と笑顔になりビックリしました。シャイなおじいさんでしたからうれしかったのだと思います。

 娘さんはこの点滴が終ったら見送ろうと思っていたようですが、本人の反応に心を動かされて「もう少し点滴を続けて下さい」と看護師さんにお願いしていました。その声には「もう少し生きて欲しい」という思いがにじんでいるようでした。

 点滴を追加してもらいましたが6時間後、「星の国」に旅立たれてしまいました。たった10日間というより、たった数時間の魂の触れ合いでしたが心に残る訪問診療になりました。

 2023127

 

医学博士・歯科医師  林 春二