祐介先生、牟田さん、そしてリスナーの皆様こんばんは。
先週の放送は母の日、そして来月に来る父の日の贈り物は何がいいのかという話題でした。母の日に祐介先生は鉢植えのカーネーションを3鉢、関口団長は東京へお寿司をごちそうにという話でしたね。二人とも各々心のこもったプレゼントだと思います。いつまでもお母さんに愛情を注いでもらいたいと思います。
さて、父の日のプレゼントですが、番組の中で牟田さんが検索してくれて「白いバラ」が父の日の贈り物だということが分かりました。
私は2歳の時に父と死別してしまったので父の日のプレゼントはしたことがありませんでした。子供たちから初めて父の日のプレゼントをもらった時はとてもうれしかったです。長男は幼稚園の時、手作りのネクタイホルダーでした。私はもともと細かいことをグチャグチャ言う方ですから子供たちからは嫌われているだろうと思っていたので二人からのプレゼントはとてもうれしく思いました。働くようになって長男はバーバリーのベルト、ある年はバーバリーのネクタイをくれました。次男は、私がカバンを持つのが好きで、気に入ったものは多少壊れても使い続けるタイプでしたので、それが余程気になっていたのでしょう、かっこいいカバンを買ってくれました。とてもうれしかったのを今でも鮮明に思い出します。親バカとはこういうことなのだと思います。
祐介先生のお父さんのことです。歳は私より二つ下ですがその妹が私の妻ですから、私の義理の兄という立場になります。ですから私に対してはいつも丁寧で、ああしろ、こうしろというよりは頼んでいるような感じです。祐介先生が私の診療所に来るようになってからは祐介先生がどんな状況なのかいつも心配していました。「春二君、よろしく頼むよ」が口癖でした。小さいころから言い出したら聞かない性格でしたから先生になってからは人の言うことは更に聞かなくなっているのではないかと心配になったのだと思います。確かに自分の意見や考え方は他の人よりははっきり言う方でしたから言われてしまえばそれまででスッキリしました。曲がったことは嫌いで一旦決めるとしっかりやるという性格でしたので問題はありませんでした。こういう祐介先生には弱い立場の人をどこまでも守ってやれる優しい先生になってほしいと思っていましたから、医療ボランティアに誘いました。当時私はライオンズクラブのメンバーと「フィリピン日本メディカルアクティビティ」という活動に参加していましたのでここでフィリピンの恵まれない人の治療をしてもらいたいと思いました。案の定こういう現場に行ってもらうと日本とはあまりにもかけ離れた環境や患者さんの状況に戸惑ったと思います。同時にこういう劣悪な状況とは全く対極にあるデンマークの医療・福祉にも触れてもらいました。世界最高の福祉と世界最悪の医療を知った祐介先生は唯一無二の力を備えた先生になってくれました。そのことを祐介先生のお父さんに話すと「春二君、ありがとう」と何度も頭を下げられました。
2025年5月23日 医学博士・歯科医師 林 春二