祐介先生、牟田さん、こんばんは
桜前線も北上し、ようやく私の地元栃木県那須も桜が咲き始めましたが、一年の中でも4月は多くの日本人にとって特別な月といえると思います。
私の娘も今年の4月から大学へ進学するために18年暮らした我が家を旅立っていきました。と言っても栃木から隣県の埼玉県に行きましたから、距離的にはさほど遠くはないのですが、やはり子供たちがいなくなった空間はとても寂しいものです。
4月1日が入学式で私もちょうど休診日だったので、家内と一緒に入学式に出席しました。生憎の雨でしたが、入学式が終わり駅のホームで別れを告げる時は心配と寂しさ、そして成長していく我が子への期待と喜びが入り混じる初めての感情に何とも言えない気持ちになりました。長男は私や家内と同じ大学なので学生生活の良いところも悪いところも全てお見通しですが、娘が入居する女子寮を初めて見たときは、
「ここで今日から生活するのか」とせつなさに似たような気持ちになりました。
帰りの新幹線、私が「寂しい、寂しい」と連呼していると、家内があきれ顔で「5月の連休にすぐ帰ってくるやろ」と笑っていました。
こういう時の関西弁は本当に心にグサッときます。「お前は寂しくないのか!」と言うと「そんなもんしゃーないやんか」と言い返すので、プチ喧嘩勃発です。
しかし、家内が言うように「しゃーない」ですね。
当たり前ですが、子供は成長し、それぞれ夢を抱きながら大人の階段を一つ一つのぼります。私は娘との別れ際に言いました。「父親として心配事は尽きないが、まずは健康でいてくれ。そしてお父さんがそうであったように、大学生活のなかで一生付き合える友達を一人でいいから作りなさい。」
娘は「うん」とうなずき、改札に向かおうとするので、もう一度引き留めて言いました。「でも、もし、本当にもう駄目だ、と思うことがあったら・・・その時はいつでも帰って来いよ」
娘は「うん」と笑いながらさっそく友達になった同じ寮の子と改札を抜け、人込みに消えて行きました。
私は恐らく昭和的な父親だったでしょう。仕事を何よりの優先事項にしていたので子供たちのことは家内に任せっきりでした。その中で娘が高校生活3年間一緒にハロアルに参加をしてくれたことは何よりの喜びで、フィリピンでのボランティアが彼女の人格形成に大きな影響を与えてくれたことに心から感謝をします。
私も少しずつ子離れをしなければなりませんね。しかし一番の不安はこれから家内と二人っきりで生活することです。昨日もなんか緊張して思わずネットフリックスで映画見てしまいました・・祐介、たまに遊びに来てくださいね!
2026年4月3日 ハローアルソン・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人
